犬の画家すなおのプロフィール

福岡県出身、埼玉県在住の犬専門の画家。

すなお
ワンコメイト 代表
すなお

はじめまして、犬専門の画家、すなおです。

犬絵画の企画個展
ギャラリーの絵画展示
オンライン上での絵画販売

を生業としています。

今でこそ画家として生活していますが、ここまで来るのは本当に苦労の連続でした。

画家に至るまでの経緯を書き記したいと思います。

 

生き物好きだった少年時代

生き物好きだった少年時代

私は、小さいころから生き物が好きで、昆虫図鑑や動物図鑑がぼろぼろになるまで読みふける子供でした。

親から聞いた話では、図鑑を販売した営業マンが、後日、ぼろぼろの動物図鑑を見て、

『ここまで読んでくれるなんて本当にありがたい!』

と言ったそうです。

あまり当時の事は覚えていないのですが、ずーっと図鑑ばかり見てたのは覚えています。

もう、無意識レベルで好きだったのでしょうね。

生き物のほかに、もう一つ好きな事がありました。

それが、絵を描く事です。

将来、絵描きになると、ものごころついたころから決めていました。

絵を描かない日は無い、それくらい絵を描く事が好きな少年でした。

 

義務教育に消された個性

いつも頭の中は動物や絵の事でいっぱいの、空想にふけりがちな性格だったため、世間ではちょっと変わった子供でした。

特に、大人から見れば余計に異質に見えたようで、

『なんでみんなと同じ絵を描かないの!』
『言われたとおりに描きなさい!』

と、幼少期より、お絵かきの時間のたびに怒られたものでした!

今では笑い話ですが、幼稚園の先生が描いた犬のお手本の足が2本だったため、他の園児たちもみんなすなおに足を2本に描いていました。

図鑑を毎日凝視していた自分は、斜め上の角度から犬を描き、足が4本見えるように立体的に描きました。

自分では会心の出来だったのですが、当然怒られてしまいました。

 

理解者の登場

最初に理解者が登場したのは、中学校に入学してからでした。

幼稚園や小学校と違って、教科ごとに専門の教師がいることにびっくりしたものです。

今までは、いわば絵に関してはシロウトの先生達から絵の批評を受け、しかも理解してもらえなかったのですが、
ここにきて初めて絵の専門家に絵をみてもらうこととなりました。

『君は才能があるねえ。』

美術教師のk先生は、そう言って私をほめてくれました。

初めて私を理解してくれる人物に出会ったのでとても嬉しかったのを思えています。

以後、私は中学の3年間、昼休みは美術室で過ごすようになりました。

私はやっぱり絵が好きなんだと心から思ったものです。

 

漫画家を目指した大学時代

サラリーマンになりたく無い理由で私は大学へ進学することにした。

大学の4年間で何とか絵を描く仕事に就きたいと思い、安易に漫画家を目指すことにした。

ひたすら毎日描きこんでは投稿を繰り返したが、最終選考止まりで受賞には至らなかった。

大学生活も終盤に差し掛かったころ、親からは就職はまだかと何度もせまられた。

安定した職をもって欲しいと願うのはどこの親も同じらしい。

我が家の両親も、漫画ばかり描く息子に、手に職をつけさせようと専門学校への進学を提案してきた。

私は、漫画家になるチャンスが2年延びると思い、これを受けてしまった。

これが地獄への入り口だとも知らずに、、、

 

地獄の始まり、歯科技工士への道!

地獄の始まり、歯科技工士への道!

わたしは、手先が器用だからという理由で歯科技工士の道を歩むこととなった。

※(本当は造形は大の苦手。絵のイメージでそう思われていた。)

国家資格を取得すれば就職率100パーセントといいことをうたっていたのだが、

いざ入学してみると、現場の仕事が相当ハードで、深夜まで残業が当たり前の缶詰作業の業種であることを知る。

私は焦った!

こんなはずじゃなかった!2年間で資格を取るため、実技と学科の勉強を詰め込まされ、漫画を描く暇もなく、気が付けば資格手取→卒業→就職していた。

今はどうだか知らないのですが、当時16年前の歯科技工業界は労働基準法など当てはまらない個人の技工所が多く存在し、義歯(入れ歯)を作れば深夜3時、クラウン(銀歯)を作れば、納期に間に合わすために仕上げるまで帰れないのが当たり前でした。

就職先の社長はヒゲとサングラスで、まるでヤクザのような顔をしていました。

しかもすぐ怒鳴る上、私の机の隣に常時いたので、朝から深夜までずーっと怒鳴られっぱなしでした。

手は金属の研磨の粉で赤く膨れ上がり、寝不足と疲労でクタクタになって帰る毎日。

週一回の休みでは肉体も精神も回復せず、あまりの辛さに、

『車ごと川に落ちようか?』

と真剣に自殺を考えたほどでした。

 

思い出した夢

死ぬくらいなら、と両親に現状を打ち明け仕事を退職した。

私はしばらく廃人のようになっていた。

まるで魂が抜けたようであった。

そんな時、同居していた祖母が私を勇気付け、励ましてくれた。

おかげで徐々に身も心も回復していった。

元気になった私は、人に役立つ仕事がしたいと考え、介護の仕事を始めた。

安定して社会人として働くようになったのですが、どこか心にくすぶるものを抱えていた。

心身の回復に合わせて、童心も甦ってきたのを感じた。

絵が描きたい!

絵の仕事がしたい!

その気持ちに逆らうことができず、働きながら画家の扉を叩き、社会人になってから本格的に絵の勉強を始めた。

絵に飢えていた私は、乾いたスポンジのように技術を習得していった。

 

転機が訪れる!

転機が訪れる!

その後、結婚したりと色々あったのですが、ある時、世界で活躍する有名な画家の講演を聞いて

私の人生は大きく変わることとなった。

『町や近所の絵描きに習うのではない!一流を目指すなら一流の先生の門をたたけ!』

この言葉は今でも忘れられず、しっかり頭にきざまれています。

とても衝撃的な一言でした。

私は何のあてもなく九州の田舎に別れを告げて上京した。

そして、シロウトをプロのレベルに引き上げる美術の神様のような先生の門をたたき、教えを請うことにした。

名人は器用なだけだが、達人は道を教える。

との言葉があります。

まさに、その先生は達人で、人生にとって必要なものの考え方など色々と教えて頂きました。

もちろん、画力もメキメキ向上しました。

プロでも入選が難しいと言われる埼玉の麓原展にて3回特選を頂くこともできました。

※もちろん先生のご指導のおかげですが。

その時の静物画の写真がこちらです

静物画

 

独立して犬の画家へ

受賞を経験した私は、さらに欲が出てきました。

絵だけで、画家として一本で生活したい。

画力が向上した私は、次の目標である商業化に乗り出した。

常々、絵でも何でも、人の役に立つ事をしなさいと先生から言われていたので、私は自分の好きな事と絵を関連付けて、人の役に立つ事はないだろうか?と考えた

色々頭で考えたが、一生のテーマとは、そう簡単に見つからないもので、やりたいことが見つからないまま、月日だけが流れていった。

このままではいけない!

そう思った私は、何もしないよりはましと、気分転換と観光も含め、パワースポットとして有名な埼玉県の秩父にある三峰神社に参拝に行った。

独立して画家へ

そうした所、面白いことに、ここは全国でも珍しい (お犬様) が祭られている神社でした。

狛犬も、スマートなワンちゃんやマッチョなワンちゃんなどいて(笑)とても癒されました。

昇殿参拝で拝殿に上がった時、白くてかっこいいお犬様の像と目が会いました。

この時、ちょっと不思議な体験をしたのです。

『犬の絵を描きなさい。』

実際に声が聞こえたわけではないのですが、何だかそう言っているように思えたのです。

その直後、頭の中に一気にアイデアが浮かんできました。

そのひらめきをもとに、手始めに犬の似顔絵を近所で始めたのですが、これが意外と受け入れられて、口コミで広がり、次々と注文が入るようになりました。

犬の画家としてやっていけると確信した瞬間でした。

 

犬の社会問題を知る

犬の社会問題を知る

犬の似顔絵の依頼の中で、意外と多かった注文が、亡くなったワンちゃんの遺影の依頼でした。

心をこめて亡くなったワンちゃんを描いてお渡しすると、涙を流して喜んでくださる方もいらっしゃいました。

このような経験から、ペットロスの社会問題を知り、真剣に勉強するようになりました。

その他、似顔絵を通して、獣医さんやペット関係者とも知り合い、いろいろな事を学びました。

保護犬の絵を描かせて頂く機会もありました。

殺処分の問題や安楽死、捨て犬の問題など、不幸な犬たちが沢山存在する事を知りました。

また、その問題に取り組み、不幸な犬を減らそうと活動しているボランティアの人たちが頑張っていることも画業を通して知りました。

 

犬の画家としてできること

海外のアーティストで、保護犬の現状を感動的な漫画にして、見た人の意識を変えようとしている人がいます。

殺処分前の犬の悲しい表情を描き、人々に訴えかけている画家もいます。

彼らは、動物愛護家であり、啓蒙家でもあります。

これは、絵描きにしかできない動物愛護方法の1つだと大変感銘を受けました。

私は、犬のおかげで、生きる意味を見つけ、裕福ではないけれど画家として充実した幸せな毎日を過ごせています。

なので、幸せを与えてくれた犬達に恩返しをしたいと考えています。

画家として、自分にしかできないことはないか?

と自分なりに考えた結果、

家庭で愛されて過ごしている犬の絵を描き続け、みんなに見てもらうことで、改めて犬と人との絆を伝えよう。

絆を伝えることで、犬と人とがともに幸せに暮らせる社会が広がるように努めよう。

それが、自分ができる犬に対しての恩返しだと思いました。

詳しい内容はこちら → >>109レスキュープロジェクト

 

将来の夢

将来の夢

一番の夢は、この世から不幸な犬を無くすことです。

そのためには、子供のうちから動物愛護精神を学ぶことが大切と思っています。

そこで、将来私は犬のミュージアムを建設したいと考えています。

ミュージアムでは、愛らしい犬の絵や写真、ぬいぐるみなど、犬に関するあらゆるアートを展示する予定です。

ミュージアムのコンセプトは、犬と人との共存。

犬のアートを通して、動物を愛する気持ちが学べるような、そんな空間を作るのが私の夢です。

長いプロフィールを読んでいただきありがとうございました。

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