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テディベア|かわいいクマのぬいぐるみの魅力を徹底解説致します‼

カテゴリー/ テディベアのすべて |投稿者/ ワンコメイト
2019年11月22日

水彩画家のすなおです。

40を越えたおじさんでも楽しめる、それがテディベアの魅力!大人がテディベアを好きなのはおかしいかなあ?と恥ずかしがって敬遠している人にこそ読んで欲しい記事です。

私はテディベアが大好きです。

あのキョトンとした何とも言えない愛くるしい顔を見ると嫌なことも吹き飛んでしまいます。

テディベアミュージアムに行くと子供に帰ったようにはしゃいでしまいます。

長野にはテディベア美術館がありますが、これまた規模も展示も規格外で1日楽しめるテーマパークです。

いつかドイツのテディベアミュージアムにいってみたいと夢を持っています。

さて、そんな無類のテディベア好きな私が、テディベアの魅力を徹底的に語るという趣味丸出しの記事を1度書いてみたいと思っていました。

テディベアに興味が無い人でも、この記事を読み終えた頃にはきっとドはまりしていること間違いなしです。

最初に書いたように、私はすでに40を越えたおじさんです。

おじさんがテディベアを好きだなんておかしい!

テディベアは子供のおもちやじゃ無いの?

そう思った方、奥深いテディベアの秘密を知ることで、きっと虜になることでしょう。

テディベアとは?

そんなテディベアですが、世界中で愛され、製造されています。

次は、各国のテディベアを紹介していきます。

ドイツのテディベア

テディベアと言えばなんといってもドイツが本場です。

テディベアだけでなく、ドイツはおもちゃの工場が多い街としても知られています。

何でも鑑定団でおもちゃに詳しい人がいましたが、あんなコレクターの人にはたまらない国なのです。

1度訪れて見たいと思っているのが、ゾンネベルクという地域です。

このゾンネベルクにはドイツの主要メーカーが集まっており、沢山のベア達がここから世界に旅立っていきました。

ここから300キロほど離れた所に世界的に有名なシュタイフ社があります。

ドイツにはシュタイフの他にも様々なメーカーが存在しますが、まずは一番有名なシュタイフ社から説明していきましょう。

シュタイフテディベアとは

テディベアに詳しくない人でも、シュタイフという言葉を耳にしたことがあるのではないかと思います。

シュタイフという社名は、マルガレーテ・シュタイフさんによって設立されました。

シュタイフさんは、足が不自由で車イスで生活をしていました。

そんな彼女が作ったクマのぬいぐるみですが、最初は人気が無かったものの、アメリカで瞬く間に大人気となって全国に広がっていきました。

シュタイフ社のテディベアは、顔が少し傾いているのが特徴で、何とも言えない愛らしさがあります。

世界中のコレクターの中でもシュタイフ社のテディベアは人気をよんでいます。

 

クマめちしき
シュタイフ社の中でも人気のベアの色は?

シュタイフ社の中でもコレクターに人気で価値の高いベアは、シナモン色と白のモヘアを使ったベアです。

ちなみに、シナモン色のベアは、日に当たると色落ちしやすいので、保存方法には気を使わなければいけません。

シュタイフテディベアのボタンに隠された秘密とは?

シュタイフのテディベアを持っている人は知っていると思いますが、耳に特徴があります。

良く見るとボタンが付いているのが分かります。

このボタン、単なるおしゃれのために付けられた訳ではありません。

他社からデザインを盗まれないようにと考えられたものなんです。

今でもシュタイフの代名詞的な存在感を出していますよね。

このボタン、最初は象の絵柄が入ったボタンでした。

象と言えば、マルガレーテシュタイフが最初に作ったのが象の針刺しのぬいぐるみでした。

今ではSteiffの文字が刻まれています。

 

ベアだけじゃない!シュタイフの様々な動物たち。

シュタイフ社と言えばテディベアが真っ先に頭に浮かびますが、製造されるぬいぐるみはベアだけではありません。

もともとシュタイフが最初に作ったぬいぐるみは象を模して作られました。

象の他にも様々な動物のぬいぐるみが存在しますので紹介致します。

シュタイフうさぎ

愛玩動物であるうさぎはぬいぐるみとしてよく作られます。

シュタイフも例外ではありません。

古くは第一次世界大戦まで作られたピーターラビットがあります。

当時のピーターラビットのぬいぐるみは、顔が面長でより本物のうさぎに近い容姿をしている。

戦後になると、段々可愛らしいデザインへと変わっていった。

ポミーラビットと呼ばれるうさぎのぬいぐるみは、目が大きく顔も丸っこくデフォルメされた姿が印象的てす。

シュタイフ犬

シュタイフ社は犬のぬいぐるみも沢山作っています。

中でも「シーザー」と呼ばれるぬいぐるみは、エドワード七世の愛犬をモデルにしているとの事。

シュタイフ猫

猫のぬいぐるみも初期の頃から製造販売していました。

有名な、「長靴をはいた猫」をモデルにしたぬいぐるみも製造されています。

オークションで高値が付くシュタイフベア達。

テディベアコレクターの間でも高値で取引されるのがシュタイフのアンティークベアです。

一番有名なのは「テディガール」でしょう。

日本の純国産テディベアを作る会社サンアローの関口さんが、2千万円以上で落札したのは有名な話です。

テディ・ガールは、テディベアミュージアムに展示されていますが、伊豆の方にあります。

残念ながら私は那須の方しか行ったことが無いので、いつか見てみたいと思っています。

その他にも、「ハッピー」「エリオット」というベアが高値で取り引きされています。

どちらも1千万円近くで落札されています。

ゲブリューダー・ビンク社のテディベア

ドイツで有名なのはシュタイフ社だけではありません。

ゲブリューダー・ビンクとは聞きなれないメーカーだと思いますので詳しく解説していきます。

シュタイフがシュタイフさんが設立したように、ビンク兄弟が作ったメーカーです。

もともとブリキ製品の製造をしていた会社ですが、テディベアのブームに乗っ取って業界に参入してきました。

ビンク社のベアの顔は、鼻が長めで口元が笑っているのが特徴です

もう1つの特徴は、機械仕掛けが施されている事です。

見た目は普通のベアでも、ネジを巻くと顔が左右に振られる等の可愛い仕草を見せてくれます。

1932年にベアの製造を止めたため、コレクターの間では希少価値のあるテディベアとして愛されています。

 

ヘルマンシュピールヴァーレン社のテディベア

ドイツのゾンネベルクという地域は、世界のおもちゃの中心でした。

その近郊の小さな村から立ち上がったのがヘルマンシュピールヴァーレン社です。

このベアの特徴として有名なのが、緑の三角形の商標ラベルです。

このラベル、中には走るベアと犬のデザインが描かれています。

ベアの首元をみると、この三角形の商標ラベルを見ることができます。

ゲブリューダー・ヘルマンのテディベア

こちらもゾンネベルクが製造の発祥となるようです。

ゲブリューダー・ヘルマン社は、第2次世界大戦後、シュタイフ社が出したゾッティベアと同じタイプのベアを売り出し、ライバル関係にありました。

シューコ社のテディベア

シューコ社のテディベアで有名なのは、イエス・ノー・ベアです。

イエス・ノー・ベアとは、尻尾を縦に動かすとうなずき、横に動かすと頭を横に振ることからきています。

また、ミニチュア・ベアでも有名です。

面白いのが、ベアの頭を外すとコンパクトが現れるものや、香水が入ったベアがあること。

ミニチュアであっても、作りは大型のものと変わらない品質で作られています。

イギリスのテディベア

テディベアは、ドイツから始まり、アメリカに渡って広まっていきました。

イギリスは、アメリカに次いでテディベアの製造に乗り出した国です。

イギリス性のテディベアは、平らな顔、丸い胴体、短い手足が特徴です。

第一次世界大戦によって、ドイツ性のテディベアが輸入禁止となったことから、様々なイギリスのテディベアメーカーが生まれることとなりました。

では、イギリスにはどのようなベアのメーカーが過去と現在に存在するのか解説していきます。

メリーソートのテディベア

メリーソートはドイツのシュタイフと同じくらい知名度の高いテディベアメーカーだと思います。

メリーソートで有名なのはチーキー・ベアです。
1975年代から現在に至るまで製造されています。

チーキーは独特な耳と顔が何とも言えない愛らしさがあります。

メリーソートはイギリスでも有数のぬいぐるみメーカーのため、テディベアコレクターたちの間では憧れの的となっています。

J.K.ファーネルのテディベア

J.K.ファーネル社は、もともとおもちゃの製造をしていた会社だったため、イギリス国内でのテディベア人気に素早く対応し、早くからベアの製造に取り組んだ会社です。

このファーネル社のベアが、ロンドンの有名なハロッズというデパートで扱われ、その時にクリストファーロビンのために買われたベアがこのファーネル社のベアだと言われています。

つまり、くまのプーさんのモデルのクマだと言うことですね。

ディーンズ・ラグ・ブック・カンパニー

この会社は、イギリスでも古いテディベアメーカーの1つです。

もともと人形で有名なメーカーで、ベアの数は少なくて希少価値があります。

今日まで残っているベアは、第二次世界大戦の前、ロンドン南部のマートンに工場があった1930年代のベアです。

1930年代のテディベアは、丸い顔と離れた平らな耳をしており、ネズミの耳のベアと呼ばれています。

アメリカのテディベア

テディベアはアメリカで人気が広まったぬいぐるみです。

テディという愛称も、セオドア・ルーズベルト大頭領の愛称からきています。

アメリカのテディベアは、コレクターの間でもとても人気があります。

長く固い胴体や、真っ直ぐで短い手足が特徴です。

 

アメリカのテディベアメーカー

アイデアル・ノベルティ・アンド・トイ・カンパニー

このメーカーは、1903年にニューヨークで夫婦によって設立されました。

この二人が、ルーズベルト大頭領とクマの出会いを描いた有名なイラストを元に最初のテディベアを作ったと言われています。

ニッカーボッカー・トイ・カンパニー

ニッカーボッカーの名前は、ニューヨークに定住するオランダ人に付けられたニックネームからきています。

ニッカーボッカーとは膝下までの長さのズボンです。

ニッカーボッカー社のテディベアは、別はぎになった鼻面、幅の広い顔、別珍のパッドなどが特徴です。

ニッカーボッカー社のテディベアも世界中のコレクターに人気があります。

 

オリジナルテディベア、アーティスト・ベアについて

アーティスト・ベアとは?

アーティストが自らデザインしたオリジナルベアの事を言います。

最初のアーティスト・ベアはアメリカ西海岸で生まれたと言われています。

アーティスト・ベアは少ししか制作されないため、コレクターにとって価値のあるものとなっています。

テディベアアーティストをいくつか紹介します。

 

ワダミユキ

ワダミユキさんがテディベアを作ろうと思ったのは、旦那さんがアメリカからお土産にベアを買ってきた事がきっかけでした。

ミユキさんのベアは品質の高い材料で作られており、コレクター達から愛されています。

洋服を着て可愛いアクセサリーを付けているのが特徴です。

ワタナベマユミ

マユミさんは、17才という若さでテディベア作りを始めました。

彼女のベアの特徴は、アンティークデザインをもとにしているため、伝統的な長い手足をしています。

こちらは洋服を着せないベアか多いようです。

タカハシミチ・ヒロ

ミチさんは、新婚旅行中、ウィーンのショーウインドーで見た綺麗なテディベアに惹き付けられたのがベア作りのきっかけとなりました。

夫のヒロさんもベア作りをしています。

彼はベアに洋服を着せないかわりに鼻の刺繍などのディティールにこだわりを見せています。

 

テディベア物語

世界中で愛されているテディベアのぬいぐるみには持ち主の数だけ物語があります。

たとえ、大量生産されたベアであっても、所有する個人のエピソードによっては非常に価値のあるテディベアへと変わるのです。

タイタニック号の沈没の中で生き残ったベアなど良い例です。

ここでは、そんなテディベアにまつわる物語を紹介していきます。

ヘンダーソン大佐とテディベア

ヘンダーソン大佐は、軍隊にいるときでも小さなベアを上着のポケットに入れて持ち歩いたほどのテディベア愛好家でした。

軍隊を退役してからはテディベアの熱狂的な収集家となりました。

彼が持っていたベアの中でもっとも有名なのが「テディ・ガール」です。

大佐は、テディ・ガールと世界中を旅しました。

そんな、テディベアを愛する大佐が亡くなった後、テディ・ガールはオークションにかけられ、1994年にロンドンにて110,000ポンド(1870万円)という高額で落札されました。

そんな物語のあるテディ・ガールは、現在は静岡県の伊豆テディベアミュージアムにて展示されています。

館長の関口さんは、当時の価格を越えた2000万円以上で落札し、話題になりました。

教養のあるテディベア「ビル」

ビルという名前のシュタイフベアは、教養のあるテディベアとしての物語を持っています。

あるイギリス人一家に贈られたビルは、長男レジーとエズモンドに大変可愛がれ、どこへ行くにも一緒に連れていかれました。

ビルは、彼らと共にハロー校、イートン校、さらにはオックスフォード大学やケンブリッジ大学へとついていきました。

この事から、ビルは大変高い教養を学んだことが分かります。

ビルはこのように貴重な経験をしたことから、コレクターから大切に扱われています。

突然愛された戦時中のテディベア「ロデムス」

1932年、パリに住む男の子はテディベアを誕生日にプレゼントされます。

そのベアは「ロデムス」と名付けられました。

男の子はとてもロデムスを可愛がりました。

第二次世界大戦が始まり、一家は疎開のために馬車に荷物を沢山積んでパリを離れることになりました。

移動中、不思議なことに両親がいつもよりロデムスを可愛がるのです。

なぜだろうと少年は思いましたが、その後まもなくしてその意味が分かりました。

ロデムスのお腹には全財産を入れていたからなのでした。

 

小さなテディベアに込められた思い

1910年、マンチェスター連隊の大佐が南アフリカに赴任する際に、妻に「リトル・ベア」を贈りました。

このリトル・ベアには大佐の妻に対する思いが込められていました。

大男だった大佐(ビック・ベア)を忘れないようにとの気持ちを込めたテディベアだったのです。

リトル・ベアは、大佐が亡くなったときも、息子が戦死したときも、夫人のそばにいてくれました。

パディントン・ベア

最近映画にもなったのでわりとみんな知っているパディントン・ベア。

※ちなみにすなおはパディントンが大好きです。映画を何回観たことか!

映画の完成の後に亡くなりましたが、作者のマイケル・ボンドは妻のクリスマスプレゼント用に買ったベアモデルにパディントンの物語を書き始めました。

もともとは自分の楽しみのために書いた物語でしたが、皆さんもご存じのようにパディントンは世界中で愛されるテディベアとなったのです。

ちなみに、パディントンの映画、むちゃくちゃ面白いです。ベア好きなら必ず見た方が良いでしょう。

パディントンは2作目まで出ています。

これもおすすめです。

クマのプーさんとテディベア

クマのプーさんを知らない人はいない事と思います。

日本ではパディントンよりも知名度が高い事と思います。

プーさんといえばクリストファー・ロビン。

クリストファーロビンとプーの物語は1924年に作られました。

プーさんのモデルとなったテディベアは、ファーネル社製のアルファ・ベアで、原作者のアレクザンダー・ミルンが息子のクリストファー・ロビンの誕生日プレゼントとしてハロッズで買ったものです。

クリストファーは、最初はプーさんの事をベアとかテディとかで呼んでいました。

後にきちんとした名前で呼ぶように考え、ウィニー・ザ・プーと名付けました。

プーとは、彼がコテッジに滞在していた時に仲良くなった白鳥に名付けた名前から来ています。

ウィニーとは、彼がロンドンの動物園で一目惚れしたクマの名前です。

 

絵になったテディベア達

愛らしいテディベアと言えばぬいぐるみですが、紙に描かれたテディベアも沢山存在します。ここでは、絵になったテディベアについて解説していきます。

人気のあるキャラクターは、必ずポストカードや絵ハガキなどとなって市場を賑わせます。

100年以上の歴史のある可愛いテディベアももちろん例外無く絵に描かれるようになりました。

20世紀初頭に起こったテディベアブームは、すぐにハガキやカードとなりました。

テディベアと絵本の世界

可愛いクマが登場する絵本は世界中で沢山出ています。

イギリスではマイケルボンドの描いたパディントンが有名ですし、ミルンのクマのプーさんも誰しもが知っています。

その他にも、

セイモア・イートンの「テディB・テディG」

「ゴールディロックスと3匹のクマ」

メアリー・タータルの「ルパート・ベア」

ドロシー・ウォールの「ブリンキー・ビル」

これらの本は挿し絵が多く、熱狂的なベアコレクターの間で人気です。

日本でも数々の童話作家が可愛いクマを主人公にした物語を描いています。

 

画家の題材となったテディベア

テディベアは、画家の題材として描かれる事もありました。

可愛いテディベアを描いた画家の水彩画や油絵は、熱狂的なベア・コレクター達の壁に飾られています。

テディベアの水彩画で有名なのは、イギリスの水彩画家、リー・ビーヴィス・ウェストで、ベアの魅力をとらえたその絵は世界中で愛されています。

テディベアの油絵で有名なのがイギリス人の画家レイ・キャンブルで、本人もベアのコレクターとして有名です。

切手とテディベア

テディベアは切手にもなっています。
日本でも郵便局のゆるキャラ、ポスクマ君が切手になっています。

テディベアの切手は世界中で発行されています。

様々なベアの記念切手が常にどこかで発行されているので、比較的簡単に手に入れることができる。

イギリスのロイヤルメールでは、パディントンの切手セットを出している。

パディントンの話ばかりして申し訳ないのですが、とにかく私はパディントンが大好きなので仕方がない。

映画の続編を楽しみに待っている次第です。

木彫りのテディ(?)ベア

昔、北海道のお土産物と言えばクマの木彫りのぬいぐるみをもらったものです。

あの木彫りのベアは、日本特有のものと子供の頃思っていたのですが、ヨーロッパでも有名なようです。

特にスイス製の木彫りのベアが「ブラック・フォレスト・ベア」の名前で知られています。

可愛らしいテディベアというよりは、リアルに彫られたクマであるが、それはそれで何とも言えない愛らしさが感じられる。

 

その他様々なテディベア

テディベア誕生以来、メーカーは他社との競合にあわせて様々な変わり種のテディベアを作ってきました。

うなり声を出すテディベアや、可愛い鳴き声を出すテディベアも作られました。

音楽を奏でるミュージカル・ベアや、歩くベア、踊るベア、前転するベアなどがあります。

また、おもちゃやぬいぐるみとしてだけでなく、バッグやパジャマ入れにもなりました。

赤ちゃんのために、湯タンポや哺乳瓶のカバーになったりもしました。

湯タンポのテディベアは大人でも欲しくなる可愛さです。

これらの可愛いテディベアグッズの製造の背景に、戦時中に子供達の恐怖を少しでも取り除こうという意図がありました。

ベアが取り付けられたガスマスクなども当時普及していました。

テディベアの修理と手入れ

可愛いテディベアですが、年月と共に劣化は避けられません。

アンティークのテディベアならばなおさら手入れと修理が必要になってきます。

簡単な修理ならできるかも知れませんが、残念な事にならないようにプロに任せるのが間違いないでしょう。

日本でも、テディベアの専門店や、ぬいぐるみの病院を検索すればテディベアの入院や治療先を知ることができます。

ぬいぐるみ病院では入院中の写真を送ってくれたりとケアが細かいので大切なテディベアを預けるのに良いかも知れません。

着飾ったテディベア

可愛い洋服を着たテディベアは沢山います。

同じテディベアでも、洋服を着せることによって様々な個性が出てきます。

今日では洋服を着たテディベアはわりと普通となっています。

ところが、中には洋服を着せないほうがテディベアの魅力を楽しめると主張する人もいます。

確かに、シュタイフなどの丁寧な作りのベアは、洋服を着せない方が魅力をより深く味わえるのは確かです。

とはいえ、人間だってドレスコードで食事に出掛けたりします。

テディベアだってたまにはおしゃれをしても良いかも知れません。

 

テディベア用語集

テディベアを愛する人達に送るテディベア用語集です。

アーティスト・ベア

アーティストによって1体1体作られたテディベア。生産数が少ないので価値が高い。

アニバーサリー・ベア

シュタイフなどの有名なメーカーが記念日などにあわせて作ったテディベア。
個人では誕生日などの贈り物のベアの事。

イエス・ノー・ベア

ドイツのシューコ社が作ったテディベア。尻尾を動かすと頭が上下左右に動くことから名付けられました。

ウルトラスウェード

アメリカで開発された合成繊維の生地。
手足のパッドに使用された。

エクセルシア

手触りの柔らかいかんなクズ。
詰め物として使用された。

ギョロ目

大きな目のこと。瞳がくるくると動く事もある。

グロウラー

うなり声を出すボイスボックス。

限定生産

価値を高めるため、限られた数だけ作られたテディベア。

合成繊維のフラシテン

人口繊維、レーヨンの事。
1930年代からテディベアに使用された。

ジョイント

手足の付け根が動く仕掛けのこと。

ゾッティ・ベア

シュタイフ社の作った口の開いたテディベア。後に色々なメーカーに真似されることとなったベア。

ディストレスト・モヘア

アンティークに見えるように加工された繊維。レプリカを製造するメーカーに人気がある。

鼻づら

突き出た鼻のこと。犬の場合マズルにあたる。

フラシ天

先をカットしたパイル地で、毛はベルベットよりも長くて柔らかい。

モヘアのフラシ天

トルコのアンゴラ山羊の毛のこと。
現在ではウールと木綿の混合が使われる。

ラテックス

ゴムを製造する時に使われる天然素材。

レプリカ

もともとのメーカーが作っていたアンティークテディベアの複製の事。

ロッド・ベア

シュタイフ社によって発表された手足ので、金属棒をジョイントにしている。

 

世界を最も旅したテディベア

 

 

世界中を最も旅したテディベアをご存じでしょうか?

彼(テディベア)のなまえはテディ・エドワードです。

テディ・エドワードは那須テディベアミュージアムで展示されています。

ところが、さすがは世界中を旅したテディベアだけあって旅行に出掛けている事があります。

私が家族旅行で那須テディベアミュージアムを訪れた時は残念ながら旅に出ていました。

世界中を旅したテディ・エドワードとはどんなテディベアなのでしょうか?

エドワードは
写真家のパトリック・マシューズさんと妻のモリーさんが、娘の可愛がっていたテディベアと、その仲間のぬいぐるみをもとに短い物語を作った際の主人公でした。

彼らは19冊の本を出し、12本のフイルムを作りました。

エドワードは、いつしかイギリスの子供達から愛される存在となっていきました。

やがて、エドワードは世界中を回る撮影の旅に出掛けることになります。

サハラ砂漠やエベレスト、グランドキャニオンにも行きました。

いつしか、エドワードは「世界中を最も多く旅したテディベア」と呼ばれるようになりました。

1996年、悲しいことにパトリック・マシューズさんは天に召されました。

妻のモリーさんは、継続してエドワードの旅を後継者に託すことにしました。

そして、現在那須テディベアミュージアムを拠点に更なる旅を続けているのでした。

グッドベア・デー

皆さんテディベアの日をご存じでしょうか?

それは、「10月27日」セオドア・ルーズベルト大統領の生まれた日です。

グッドベア・デーとはどんな日なのでしょうか?

テディベアを届ける特別な日

ルーズベルト大統領のあだ名、テディからテディベアの名前は来ています。

さて、ルーズベルト大統領誕生日ということでテディベアの日となっていますが、この日はグッドベア・デーと呼ばれ、テディベアファンにとっては特別な日です。

ことの始まりは、1951年、アメリカのテディベア好きのラッセル・マクリーンさんが、病と闘っている子供達にテディベアを贈る事を思い付いたところから始まります。

それは、自分自身が子供時代に闘病生活を経験し、その時に何度もテディベアに励まされた事から思い付いたのでした。

マクリーンさんは入院している子供達にテディベアを贈り続けました。

やがてこの活動は周囲の共感を呼び、ハワイのジャーナリスト、ジェームス・オウンビーは、自身の経営するラジオにて「グッドベアーズ・オブ・ザ・ワールド」を設けることになりました。

この「グッドベアーズ・オブ・ザ・ワールド」に賛同したのがテディガールで有名なボブ・ヘンダーソンさんでした。

彼は、イギリス支部を開きます。

1973年、オウンビーさんとヘンダーソンさんは、10月27日を「グッドベア・デー」と宣言し、「心の支えを必要としている人にテディベアを贈る」活動を実践する日としたのでした。

伊豆と那須のテディベアミュージアムでもこの活動は行われています。

とても感動的な活動ですね(涙)

 

テディベア・ピクニックという言葉を聞いたことがありますか?

テディベア・ピクニックとは、イギリスで行われている心癒される習慣です。

ピクニックが何だかは皆さんご存じの事でしょう。

そこに、テディベアを一緒に連れていくのがテディベア・ピクニックです。

ベア達は普段、家の中にいるわけですからたまには外の新鮮な空気を吸いたいと思っているのです。

このピクニックでは、テディベア達にもご飯が振る舞われます。

大抵、サンドイッチやタルトなどのお菓子、そしておしゃれなカップに入った紅茶です。

想像するだけで楽しそうですね。

テディベア好きにはたまりません。

テディベアズ・ピクニック

テディベアズ・ピクニックという歌があります。

この歌だけでも、いかにイギリスでテディベアが愛されているかが分かりますね。

この歌はイギリス人なら誰でも口ずさむ事ができると言われるほど有名な歌です。

歌詞の内容は、「今日は、あらゆるくまが森に集まる日だから森にいくとビックリするよ!だって今日は、テディベア・ピクニックの日ですから。」といった可愛らしい内容となっています。

テディベア・ミュージアムとは?

テディベア・ミュージアムとは、サン・アローというぬいぐるみ会社の代表関口さんが創ったミュージアムです。

関口さんは、どういった思いでテディベア・ミュージアムを創ったのでしょうか?

三代続く玩具製造業の家に生まれた関口さんは、最初輸入品を取り扱う商社に勤めてました。

玩具の製造と貿易の経験を積んだ後、二人の兄弟の支援を受けて株式会社サン・アローを立ち上げます。

世界各地のぬいぐるみメーカーや販売会社との取り引きを経て、欧米の文化に親しむうち、ぬいぐるみの王道はテディベアだというを知ります。

関口さんは仕事を越えてテディベアに惚れ込み、次々と収集するようになりました。

気づけば彼の回りには1000体を超えるテディベアが集まっていました。

自身のまわりにテディベアが集まった頃、世界にはテディベアを展示するテディベア・ミュージアムがあることを知ります。

イギリス、ドイツ、アメリカと、テディベア・ミュージアムに通ううちに、いつしか「テディベア・ミュージアムを創ろう」という思いが沸き起こりました。

こうして、那須と伊豆にテディベア・ミュージアムが誕生したのです。

伊豆テディベア・ミュージアム

伊豆テディベア・ミュージアムには、ギネスブックにも乗っている有名なテディ・ガールが展示されています。

その他、テディベア・ファクトリーやテディベア・エキスプレス、森の遊園地など、大人も子供も楽しめる空間となっています。

那須テディベア・ミュージアム

那須テディベア・ミュージアムで有名なアンティークベアは、何と言ってもテディ・エドワード。

私が訪れた時は残念ながら旅に出ていたので再訪する必要かあります。

さすがは世界一旅したテディベア!忙しいですね。

その他、テディベアのファッションショーやテディベアの結婚式など、見ているだけで幸せになる展示で溢れかえっています。

バースデイ・テディベア

テディベアは、欧米では最初、男の子が生まれたときの誕生日プレゼントとして定番でした。

その後、男の子だけでなく女の子の誕生日プレゼントとしても贈られるようになりました。

この習慣から、テディベアは生まれてはじめての友だちの意味を持つようになりました。

このバースデイプレゼントのテディベアは、一生涯の友達となる事が多く、大人になってもボロボロのテディベアを大事にしている欧米人は珍しくありません。

イギリスで行われているテディベア・ピクニックも、こうした背景から分かるように、家族同様に扱われている証なのです。

100年の歴史を持つテディベア

テディベアが生まれたのは1903年です。

テディベアがどのようにして誕生したのか歴史を振り返って見ましょう。

テディベアはルーズベルト大統領と深い関係があります。

ルーズベルト大統領は、クマ狩りが趣味でした。

いつものようにクマ狩りに出かけたけれど、その日は獲物を仕留めることができませんでした。

それを見た同行していたハンターが、一頭の子クマを捕まえます。

捕まえた子クマを木に縛り付け、大統領に撃つように促します。

ところがこの行動にたいし、大統領はスポーツマンシップに反すると言って子クマを逃がしたのでした。

この話が「ワシントンポスト」という新聞で報じられました。

この記事と一緒に、大統領と子クマのイラストが乗っていました。

この子クマのイラストはたちまち大人気となりました。

やがて、この子クマに親しみを感じたニューヨークのお菓子屋の夫婦がクマをぬいぐるみにしました。

これがテディベアのルーツと言われています

※テディとは、ルーズベルト大統領の愛称です。

 

 
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